ISO 12100 の枠組みに基づくリスクアセスメント
目次
安全性を損なうことなく産業製品を「スマート化」する
製品安全は、もはや頑丈な電気設計や機械設計だけでは語れません。安全は “インテリジェンス、データ、そして高度なリスクマネジメント” によって支えられています。人工知能(AI)と機械学習(ML)の普及により、企業は複雑な機械のリスクアセスメント手法そのものを見直す必要に迫られています。そして、その変革の中心にあるのが、産業環境におけるリスクアセスメントとリスク低減を導く国際規格 ISO 12100 です。
本記事では、AI・ML 技術が ISO 12100 の各フェーズにどのように変革をもたらし、安全性を損なうことなく、よりスマートで高い適合性をもつ産業製品の実現に貢献するかを解説します。
ISO 12100 は、機械のライフサイクル全体を通じたリスクアセスメントとリスク低減の原則を示しています。リスクアセスメントの 3 つの主要概念は以下であり、AI/ML はこれらすべてを大幅に強化します。
1. 危険源の特定
2. リスク見積り
3. リスク低減
AI による迅速かつ高度な危険源特定
危険源の特定は、リスクアセスメントの基本かつ最も重要な工程です。危険源は、リスクアセスメントに関わる担当者の専門知識や、複数の設計資料・技術文書のレビューに基づいて特定されます。しかし、このプロセスは特に時間を要し、潜在的な危険源をすべて把握できないリスクも抱えています。AI はこの状況を大きく変える可能性があります。
自然言語処理(NLP) は、コンピュータが人間の言語を理解・解釈・生成できるようにする人工知能分野です。NLP を用いることで、保守ログ、インシデントレポート、取扱説明書、その他の技術文書を解析し、人間が見落としがちな繰り返し発生する安全上の問題を自動的に抽出することができます。
スマートビジョンシステム は、3D ビジョン、AR/VR 検査ツール、ディープラーニングによる物体検出と組み合わせて、複雑な機械の CAD モデルを自動スキャンし、「挟まれポイント」「鋭利エッジ」「人間工学的危険」「回転部」などの潜在的な危険源や危険区域を検出できます。
ML によるリスク見積りの高度化
ISO 12100 では以下の要素に基づく体系的なリスク見積りが求められます。
・ 被害の程度(Severity)
・ 発生確率(Probability)
・ 暴露頻度(Exposure)
・ 危険事象の発生可能性(Occurrence)
・ 回避可能性(Possibility of Avoidance)
ML モデルは、事故データ、センサーログ、故障記録、インシデントレポート、さらには環境条件まで膨大なデータを解析し、これらのリスク要因を高精度に予測できます。
IoT で接続されたコンポーネントを使用することで、機械運転中のリスクを動的に評価し、稼働条件の変化に応じてリアルタイムにリスクレベルを調整することが可能になります。これにより、機械のライフサイクル全体を通した適切なリスクアセスメントが実現します。
強化学習(RL)やデジタルツインを用いれば、機械速度、防護装置の設定、オペレーター行動などさまざまな条件下で危険シナリオをシミュレーションし、より正確なリスク評価が行えます。
ライフサイクル管理とリアルタイムリスクアセスメント
機械の安全概念とは、機械がライフサイクルを通じて意図された機能を発揮しつつ、リスクが十分に低減されている状態を維持することです。特に改造や経年劣化が進む場合、リスクアセスメントは継続的に行う必要があります。AI/ML は機械を “自己認識型の安全システム” へと進化させます。
AI は IoT などの接続システムを通じて機器やコンポーネントの状態を継続監視し、異常を検知するとリアルタイムでアラームを発生させます。条件によっては故障を事前に予測し、潜在的なリスクが顕在化する前に対応することも可能です。
AI によるリスク低減
リスク低減とは、実現可能な限り危険源を除去し、保護方策を実施することでリスクを適切に低減するために必要となるプロセスです。リスク低減の目的は、危険源そのものを排除すること、またはリスクを構成する「被害の程度」と「発生確率」を個別あるいは同時に低減することで達成できます。
設計最適化アルゴリズムやジェネレーティブデザインツールといった AI ツールは、機械学習を利用して代替案や最適化された機械設計を探索し、危険源を最小化または排除することができます。これにより、設計者が本質安全設計(インヒアレントセーフティ)を実現しやすくなります。
デジタルツインは、複雑な機械のリアルタイムモデルを生成し、製造や設置を行わずにさまざまな環境条件下で安全性能を検証できます。リアルタイムのリスク検出は、安全計装システムが故障の発生前に適切なアクションを取ることに役立ちます。
スマート安全ガードやアダプティブ制御は、人の接触や介入を検知し、速度・力・トルク・動作範囲などのパラメータを調整して、安全限界内で機械を動作させることができます。
使用上の情報(Information for Use)
機械の設計において、「使用上の情報(Information for Use)」の作成は不可欠な要素です。ISO 12100 の 6.4 章には、機械とともに提供すべき情報に関する詳細な要求事項が記載されています。また、新しい機械規則(Machinery Regulation 2023/1230)では、デジタル版の使用説明書が認められています。
AI を活用することで、文書の関連性、正確性、明確性を大幅に向上させることができます。インテリジェント文書作成ツールは、特定の構成に基づいたカスタマイズされた安全指示書を生成することが可能です。AI を活用したバーチャルモデルによるトレーニングやオンボーディングは、従来のトレーニング方法よりも高い効果を発揮します。
使用上の情報を作成する際に AI ツールを用いることで、関連性の監視やデータ不整合の追跡といった追加の利点も得られます。さらにバックグラウンドで動作する AI により、リスクアセスメントツールのインターフェースが簡素化され、リスクアセスメント全体の効率が大きく向上します。
予知保全技術を用いたメンテナンス関連情報など、取扱説明書を自動更新できれば、コンポーネントのリアルタイムの摩耗データに基づいて機械のダウンタイムを大幅に削減できます。また、リスクアセスメントから残留リスク、注意喚起が必要な条件、前提とした事項などの重要情報を抽出する作業も、AI によって人手を介さずに効率的に実行できます。
大きな利点には一定の制約も伴う
AI の中核は「データ品質」です。AI の学習に使用するデータセットが不完全または不正確である場合、不正確なリスク予測につながる恐れがあります。また、AI のブラックボックス的な特性は、その意思決定を監査人へ説明する際の障壁となります。
最適なアプローチは、AI を技術的判断の代替ではなく補完ツールとして活用することです。
最後に
AI と ML をリスクアセスメントへ統合することは、スピード、精度、そして予防的な安全管理の面で飛躍的な進歩をもたらします。ISO 12100 の体系的で実証済みの手法と組み合わせることで、よりスマートで安全な機械を実現する道が開かれます。
産業設備の設計、安全システムの運用、または適合性審査の準備を行っている場合は、インテリジェントツールがどのように業務を支援できるかを検討し、認証パートナーとの連携を強化する絶好のタイミングです。









